感情

2006年02月05日

最近読んだ本の中で「なるほど!」と共感した定義。

サルトルは「母親を愛するということは、母親を愛していると考えることではなく、母親の肩に手を置いてやることだ」という意味のことを書いている。このように、愛するということは抽象的な概念なのではなく、具体的に相手に何かを「してやる」ことであり、相手のために、「自分を投げかける」ことなのである。

愛とは「考える」ことではなく「行動」なんだねぇ。

出典は、こちらの『森田式生活法』の中の岩井寛さんの同名のコラム。執筆されたのは、1972年9月なのだとか。

 
森田式生活法―自分・仕事・家族・愛情を考える森田式生活法―自分・仕事・家族・愛情を考える
販売元:白揚社
発売日:2000-11
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追伸:
「愛するということ」で検索していて見つけた本多時生さんのページも興味深い。
エーリッヒ・フロムの名前は聞いたことがあるけど、読んだことはなかったので、近々読むとしよう。

読書ノート 『愛するということ』幸せのホームページ
あ、ここにも「愛の行為が必要」というフレーズが!

at 22:50│コメント(0)トラックバック(0)

2006年01月11日

いま読んでいる本『アサーティブ』のなかで見つけた言葉。

何らかの「事柄」が直接的に「感情」を引き起こすのではない。その人の価値観や道徳観など「考え方」によって、同じ「事柄」からもまったく正反対の「感情」を生み出すこともある。

そんなわけで、「感情は、感じている本人のもの」。

このことは、自分の感じている感情についてはけっこう意識できているつもりだった(人と行為の評価をごっちゃにしない、など)

一方で、「相手の感情に対してはあなたが責任を感じる必要はないし、また責任のとりようもありません」という記述にはハッとさせられた。かなり責任を感じている自分がいるようだ。

アサーティブという考え方、いまの僕にとって大切なものになりそうな予感。
今後しばらく追いかけることにする。

関連リンク:
アサーティブジャパン


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2006年01月03日

1月3日の朝日新聞 文化総合面より。

 三菱総研などが03年に行った感動に関するアンケートでは、10、20代は約5人に1人が週に1度以上感動し、3人に1人以上が、もっと感動するため意識的に映画を見るなどの行動をとっている。全体の89%が「来年はもっと感動したい」。

ってことらしい。

「週に1度以上感動」というのはかなり頻度が高い気がするが、「感動」の定義やらレベルが人によって違うだろうからなかなか定量的な調査は難しそう。

一方、記事中で紹介されている三菱総研の吉池さんの「感動」の説明には納得感がある。

感動は、感情が未知の領域に達し、閾値(しきいち)を超えてこそ起きる。

僕は、biographyにもあるとおり、自他ともに認める「涙腺がゆるい」ヤツ。ただ、ここ最近感動で大泣きした記憶をふりかえると、1997年に映画「フェノミナン(PHENOMENON)」を観たときと、2004年に『夜回り先生』を読んだときくらい。歳を重ねるにつれて、未知の領域が減っているのか、閾値があがっているのか…。ひょっとすると、感動につながる経験が減っているのかもしれない。

今年は、月に1度は感動する30代を目指し、新たな経験を求めていくことにする。


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